ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 広報ふくやまポータルサイトトップ > 広報「ふくやま」2019年1月号 > 安国寺阿弥陀如来及び両脇侍立像 ―歴史を見守り続けた本尊―
広報ふくやまの表紙

広報「ふくやま」2019年1月号

マチイロ

広報「ふくやま」は、スマートフォンのアプリケーション「マチイロ」でも読むことができます。

下のロゴをクリックすると、ダウンロードページ(外部リンク)に遷移します。


印刷用ページを表示する 掲載日:2019年1月16日更新
歴史散歩

安国寺阿弥陀如来及び両脇侍立像 ―歴史を見守り続けた本尊―

 鞆町の安国寺釈迦堂には阿弥陀三尊像が鎮座し、信仰を集めています。
 舟の底のような形をした舟形光背の前に、阿弥陀三尊を配するのは、信州善光寺の本尊を模して造られる「善光寺如来」と呼ばれる様式です。鎌倉時代に流行しました。善光寺如来の多くが銅像で45 cm程度の大きさであるのに対し、本像は木像で、中尊の阿弥陀如来は等身大と大きく、まれな作例です。
 本像は複数の部材を組み合わせる寄木造で玉眼が入っています。像の表面は漆に金箔を貼る漆箔仕上げで、金箔もよく残り、往時の姿を思い起こさせる荘厳な阿弥陀三尊です。中尊は、像内に残された墨書から、1274(文永11)年に金宝寺の仏像として造られたことが分かります。
 金宝寺は、1273(文永10)年に法燈国師により創建されました。その後、足利尊氏・直義兄弟が国ごとに安国寺を設置した時に備後国の安国寺となり今に残っています。一時衰退しましたが、1599(慶長4)年には毛利輝元が大檀那となり、毛利家の使僧として政治の舞台でも活躍した安国寺恵瓊により再興されています。
 阿弥陀三尊像は、衰退と再興を経てきた寺の歴史を今なお見守り続けています。

手話通訳/要約筆記の有無:

 

このページに関するお問い合わせ先

文化振興課
084-928-1278