「1000本のばらから100万本のばら」物語

「1000本のばらから100万本のばら」物語

ばらが、みんなをつなげる
ばらで輪は広がっていく

「1000本のばらから100万本のばら」物語

南公園(現在のばら公園)付近の住民が
1,000本のばらを植えたことからスタートした、ばらのまち福山の歴史。
それから約60年、2016年5月21日、福山市は100万本のばらが咲き誇るまちになった。

福山市の人口は47万人、ひとり約2本のばらを育てていることになる。

『みんなの「ばら」100万本プロジェクト』と名づけ、
市民一丸となって2010年から取り組んできたばらの植栽や花壇の整備。
その他多くのばら普及活動。

ばらで、みんながつながったからこそ達成できた100万本。
その道のりは平坦なものではなかったけれど、
福山市民の心には確実に“ローズマインド”の精神が育っている。

「1000本のばらから100万本のばら」物語

仲間と取り組むばら花壇づくり

福山市立動物園や富谷ドームランド近辺を訪れた人を楽しませてくれる公園がある。
毎年ばらのシーズンになると、100種類以上、約450本ものばらを眺めることができる「ガーデン富谷」だ。

もともとは、こんなに美しい景観ではなかった。

ここで、ばら花壇の整備を始めたのは、「福相学区ボランティアの会」というグループ。
「もともと園内は手付かずの状態で、夏になると道の真ん中まで背の高い雑草が生えてきてね」
と、メンバーのひとり小野明人さんは言う。

これではいけないと、ボランティアメンバー38人とともに、整備をはじめた。

「手入れをすれば、ここは絶対に良くなると僕は思っていました」
賛同してくれる仲間たちがいて、ガーデン富谷の花壇整備はスタートした。
2010年のことだ。

ガーデン富谷の未整備エリアは土質が粘土質で、水はけが悪い。
そのため、今まで植えてきた植物がみんな、根腐れしてしまっていたのだ。
結果、雑草だけが、邪魔するものなく日差しを浴びて生き生き育つという始末。

植物を愛し、40年以上自宅でガーデニングを楽しんできた小野さんには、知恵があった。
対象エリアは小高く土を盛りあげた傾斜地。日当たりが良く、物理的には水はけも悪くないはずだ。

大型機械で土の表面を30cmほど削り取り、80トンの良質な土を入れた。
さらに堆肥を入れて、土質を改良した。
土づくりには、ボランティアだけでなく子どもたちにも参加してもらい、少しずつ花壇の整備は進んでいった。

「1000本のばらから100万本のばら」物語

育つローズマインドの精神

すべてが順調というわけではない。
38人の登録ボランティアも、実際に動けるのは毎回数人から十数人。
手間のかかる草取りや剪定などは、参加者が集まらないことには、
なかなか進まないし、一人ひとりの負担が大きくなってしまう。

けれど、「僕は最初から想像していたんです。必ずこんなふうに、美しい景観ができあがるってことを」
現役時代はファッションデザイナーとして働いてきたという小野さんには、
今のばら花壇の完成図がしっかりとイメージできていたのだそう。

熱心に続けるうちに、少しずつ形が見えてくる花壇。
すると道ゆく人々の関心が集まりだし、ボランティアたちの心もまとまるようになっていった。

ボランティアの人たちの喜びは、やはりばらがきれいに咲いた時。
そして、作業中に公園利用者に労いの言葉をかけられ、会話が弾む時だ。

小野さんは言う。
「ボランティアをするのって、勇気がいるんですよ。いいかっこしているというイメージをもたれたり、
やらされているという印象を受けたりということが、ありがちでしょう?」

それでも参加しているのは、家庭や職場では
出会うことのないような人とのコミュニケーションを楽しみにしているからだ。

「ばらは切りすぎても心配ないんですよ。
だから、慣れない人が剪定を担当しても大丈夫。けがにだけ気をつけてくれればね」。
思いやり、優しさ、助け合いの心。ローズマインドの精神そのままに、
ガーデン富谷の整備は今もボランティア仲間たちの手で続けられている。
2010年に整備を始めてから7年、ガーデン富谷には毎年色とりどりのばらが咲き、福山市民の憩いの場となっている。

「1000本のばらから100万本のばら」物語

地域と関わりながら

霞学区の3つの花壇、約420本ものばらの手入れをしているのは、「霞学区ボランティアの会」だ。
会の中心メンバーとして活動しているのが、岡田武志さん。

これまで、福山市内のばら花壇整備では、
川の流域や小学校、幼稚園跡地、公民館など多くの花壇で活動にあたってきた。
ばら花壇コンテストで入賞することもあったそうだ。

花の世話をするときは、近隣住民や地域のボランティア、町内会のメンバーとともに手足を動かし、汗を流す。

街路脇や公共施設周辺など地域に植えられているばらの水やりのため、
使える水道栓の位置を確認したり、近くにないときは近隣の商店に水やりの協力をお願いしたりする。
草取りや消毒についても、近くの住民の理解と協力を得られるよう、何度も足を運んでお願いしてきた。

福山市市制施行100周年記念事業の目標であった「100万本のばらのまち福山の実現」についても、
福山ローザリアンクラブ(ばら愛好家団体)の一員として、早くから活動してきた岡田さん。

地域の人に、ばらの育て方や剪定のコツなどを指導する相談会や出前講座を定期的に行ってきた。

「1000本のばらから100万本のばら」物語

ばらへの愛情を育む

ばらを育てる住民の多くは、もちろんプロではない。
『生育がうまくいかなかったとき、助けてくれる人がいないと
「ばらはもう嫌だ」とあきらめてしまうんです』と岡田さん。

ばらに対する愛情が冷めてしまわないよう、声をかけ、
話をすることの大切さを知っている福山ローザリアンクラブの仲間たち。
講座には複数のメンバーが参加、相談には個別に対応し、人々にばらをもっと好きになってもらえるよう努めた。

そんなふうに積極的に人とかかわろうとする姿勢があったから、時には花壇から遠く離れた場所へ行き、
頭を下げて水やり協力をお願いできたのかもしれない。
次第に、それまでばらに興味がなかった人たちも、水やりや草取りなどにかかわりながら、
少しずつ関心を寄せるようになった。

懐(なつ)こさ、温かさを感じさせる備後弁で、岡田さんが言う。
「ふれあいとか伝承とかいうものは、相手が『もうやめた』っていうまでは、せにゃいかん」

これまで福山市内でたくさんのばらを育ててきた
岡田さんとローザリアンの仲間たちは、ばらを通じて人も育てている。
繊細なばらに花を咲かせられるように、うまく育たなくても心が折れないように。
そして花を通じて人との触れ合いを楽しんでもらえるよう願いながら、
相談会や出前講座に、花壇づくりのアドバイスにと足を運んでいる。

美しく咲いたばらたちと、ばらを愛する人々や仲間の笑顔を楽しみに。

「1000本のばらから100万本のばら」物語

小学校の花壇にばらを

福山市内で行われている、学校支援会議。
ある日、金江小学校では、花壇やグラウンド周辺が荒れ放題になっていることが話題になっていた。

前年に咲き終わった後、放置されているコスモスの枯れた姿。
1mくらいに背丈が伸びてしまったさまざまな雑草。
学校に続く小径の脇も、いつのまにか人の手が入ることが少なくなり、
見た目が汚い、寂しいばかりでなく安全上にも問題が生じていたのだ。

多忙な教職員、仕事が忙しいPTAや子どもの保護者。
「誰も手を上げないなら」とボランティアに名乗り出たのは、町内会の4人。

そのうちの一人、佐藤真一さんは、すぐに市が実施する「ばら大学」に入学。
4期生として勉強を重ねながら、花壇づくりに参加することにした。

同じばら大学のメンバー、自治会のメンバーあわせて18人で整備に着手。
けれど、長らく放置されていた花壇は土質が悪く、生育に気を遣うばらには適さなくなっていた。

福山ローザリアンクラブから、ばらに精通したメンバーを招き、花壇整備の方向性を探った。
そして、思い切って土を入れ替えるという決断に至る。

町内会のメンバーだけでは限界がある。
PTAの全面的な協力の中、協働での花壇づくりが動き始めた。

「1000本のばらから100万本のばら」物語

ローズ・グローブの誇り

最初の年は、花壇の整備と台木や苗の植え付けだけで、手いっぱいだった。
ところが、2年目に初めてエントリーした福山明るいまちづくり協議会主催の
「ばら花壇コンクール」で、金江小学校の花壇はいきなり特別賞を受賞した。

伸び盛りの子どものようにすくすくと成長するばらの姿に加え、
学校と地域住民の力を合わせた取り組みが評価されたのだ。

荒れて放置される時間が長いほど、改善には手間も費用もかかる。
文化祭では、ばらの切り花を販売することで費用をねん出し、
市の協働のばら花壇整備事業の助成もあって、なんとか少しずつ資材を購入。

工作に自信がある生徒が寄木細工の花名プレートを作製したり、
市内の建設業者からタイルなどの残材を無償で譲り受けたりと工夫をしながら、
みんなで愛らしい花壇を作り上げてきた。

4年目には、ばら花壇コンクールで最優秀賞を受賞する。

今では、学校花壇から小径まで、60種、300本以上のばらが春と秋に花を咲かせる。
「ローズガーデン金江」と名づけられたこの花壇は、地域の人たちに愛され続けている。

意外なことに、子どもたちにばらの扱いをさせることは、ほとんどないという。

「とげで、けがをするからね。軍手なんかじゃ防げないし、子どもたちは皮手袋を持っていない。
せいぜい、水やりを手伝ってもらうくらいかな」と、佐藤さんは言った。

子どもの柔らかい皮膚にとげが刺さるのは避けたいとの思いからだ。

ばらを扱うガーデナーが使う革手袋は「ローズ・グローブ」と呼ばれる。
とげのある植物でケガをしないよう、指先の動きを妨げないよう作られている、強くてしなやかな手袋だ。

金江町のボランティアの人たちが使うローズ・グローブは、ばらを愛し、ばらを育てる人、
子どもたちの安全を思いやる大人たちの手を守り続けている。

「1000本のばらから100万本のばら」物語

ばら咲くまちの美しさを
次世代にもつなぎたい

ばら祭会場の一つであるばら公園。福山駅方面からは、徒歩でも車でも国道2号を渡り、
駅前大通りを進み、県道22号線を通ることになる。

会場へ向かう人と車を沿道のばらで迎え、市制100周年とばら100万本のばらのまち福山の実現を盛り上げたい。
そんな思いから、近隣地域の公民館で行われたのが、街道の花壇整備のボランティア募集だった。

公園前から野上町交番前交差点までおよそ1,000mの距離を、
町内会と近隣の企業や商店の総勢100人あまりのボランティアが整備する大がかりな計画だ。

まとめ役になったのは、御門町三丁目町内会で副会長を務める鬼嶋英三さんだ。

最初は道具もお金もなく、知識も技術も不十分という状態。
鬼嶋さんらボランティアが市と交渉して潅水用の水栓をつけてもらい、
それぞれが手鍬とバケツ、ホースリールや軍手などを持ち寄って、活動は始まった。

2014年8月にボランティア募集を開始、活動がスタートしたのは2015年3月。

当初200本を植栽する予定だったが、
1,000mに対しては少ないということから300本に増やされ、整地と植えつけが始まった。

人手は当初の予想より少なく、夏の草取りはとにかく大変。
1,000mにも及ぶ沿道の草取りを数日に分けて行うと、
最終地点の草取りが終わったころには、開始地点にまた草が生えている。

町内会の参加者は時間に余裕のある高齢者が中心で、かがんでの作業は体に負担がある。
それでもみんながボランティアに出てくるのは、どの参加者も花が好きだから。
いつも顔を合わせる同じ町内の人ばかりでなく、
他の町内会や近隣企業などから参加する人と、ばらの話ができるようになったのが嬉しい。

花が咲き始めれば疲れを忘れ、癒されるし、通りすがりの人にほめられれば励みになる。
生育が今一つなら、一生懸命調べる人や経験の豊かな人が知恵を寄せ合い、
一緒に勉強しながら解決をしようとする。

やがて人々の心に、思いやり・優しさ・助け合いの心であるローズマインドが育っていった。

活動は3年目に入り、地域住民によるばらの管理も、当初に比べて上手になった。
植栽したばらたちは花壇にしっかり根を下ろし、たくさんの花をつけるまでに成長している。

でも、大きく育ったばらの管理を継続するためには、若い人たちの力も必要だ。
若い世代に興味を持ってもらい、後進を育成して、なんとかバトンを渡したい。
そして、ばら咲くまちの美しい景観を、
子どもや孫の世代まで末永く引き継いでもらえたらと、
鬼嶋さんたちボランティアは心から願っている。

福山市内には500もの地域花壇があり、そのすべてにローズマインドストーリーがある。
そして、1本1本のばらには人々の「ローズマインド」が込められている。