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≪インタビュー企画≫福山にある二つの国宝、その魅力に迫ります。

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年10月1日更新

平安時代807年(大同2年),弘法大師によって開基されたといわれる明王院。その本堂と五重塔は国宝に指定されています。折衷様式の建物として日本最古級とされる本堂と,日本で5番目に古いといわれる五重塔ですが,実は五重塔にも日本一として誇れるものがあるのだそう。今回は「明王院を愛する会」の三谷干城さんにお話を伺いました。

「明王院を愛する会」三谷干城さん
 ▲「明王院を愛する会」三谷干城さん

――明王院の五重塔が日本一だというその理由は何なのですか?

奈良の法隆寺をはじめとする上位4つは,すべて朝廷や皇族などによる公の建築です。しかし,明王院の五重塔は地元の住民たちが一文ずつお金を出し合って建てたんですよ。これは世界でも珍しいことで,市民による建立物としては,日本一どころか世界一古いと言ってもいいでしょう。使われている木材も地元産の松なんです。寺社仏閣の建築には,ひのきを用いるのが一般的ですから,そこも明王院の面白いところ。地元の人が,地元のものを使って建てているわけです。

書院から見た五重塔と本堂。秋には紅葉も楽しめる。
 ▲書院から見た五重塔と本堂。秋には紅葉も楽しめる。

――それはすごい。まさしく福山市民の誇りですね。あまり知られていないのはもったいないです

月に一度,第三土曜日に明王院を公開し,拝観ガイドをしています。どなたでも参加可能なので,来ていただけたら,書院から護摩堂(ごまどう),そして庫裡(くり)と,順に30分ほどかけてご案内いたします。直接,質問してくださってもOKです。リピーターも増えていますよ。

――なんと!ぜひとも伺いたいです。ずばり,明王院の魅力は何ですか?
見どころを教えてください。

様式でいうと本堂は和様と唐様などの折衷,五重塔は和様。本尊でいうと,本堂は十一面観音,五重塔は弥勒菩薩。本堂や五重塔を外から見るだけでも見応えはあります。本堂には江戸幕府三代将軍徳川家光と四代将軍家綱の位牌がありますしね。見どころはいっぱいありますよ。けど,あえてあげるとしたら三十六歌仙が展示してある書院かな。三十六歌仙が36枚揃っているのは,日光東照宮と明王院だけなんです。これはとても貴重なことで,それだけで価値あることです。

――そんなものが地元にあるなんて,福山市民の方は誇らしいでしょうね。日本人なら一度は見たいです。そして,五重塔はやっぱり絵になりますね。

護摩堂から撮影すると,五重塔の背景には近代建築が入らないんです。それも珍しいことですよね。京都や奈良ならそうはいかないですから。そして,緑に囲まれていますから,四季ごとにその背景が移り変わるわけですよ。これが実に素晴らしい。あとはね,神秘的なところやね。明王院には,不思議や謎が多いんですよ。明王院はその昔,常福寺と呼ばれていたのですが,第三代福山藩主水野勝貞が当時の住職を追い出した際に,資料(古文書)がほぼすべて持ち出されてしまったのではないかといわれており,未だ解明されていないことが多いんです。

――そんな背景があったとは。直接,観に行かなくては!

護摩堂から望む景色
▲護摩堂から望む景色

境内のあちこちにご住職の奥様が生けたお花が飾ってあるんですがね,それがまたとてもセンスがいいんですよ。建造物としての魅力はもちろんですが,ご住職の奥様の生花も見ものなんです。訪れる度に違う,四季折々の木花が出迎えてくれますよ。書院の公開も,もとは奥様の提案でしてね。第一の魅力は,奥様やね(笑)。
第三土曜の拝観の際には,私が原稿を書いた資料をもとにボランティアガイドがご案内します。まあ一度来ていただけたら,明王院の魅力は感じていただけると思います。

 
住職(一番左),奥様(左から二番目)
▲住職(一番左),奥様(左から二番目)

――ところで,三谷さんが『明王院を愛する会』の活動をはじめられたきっかけは何だったのですか?

お年寄りと子どもたちのコミュニケーションの機会を増やしたかったんです。パソコンがなかった昔は,わからないことや生活の知恵は,みなお年寄りに聞いていたでしょ。だから自ずと年配者を尊敬していたんですよ。けど,今はその機会がないでしょう? むしろ,ネットで何でも調べられる今は,その立場が逆転している。敗戦後,日本がこんなにも世界のトップに近いレベルで立ち直り,経済的に豊かになれたのは,我々より上の世代の年配者の頑張りのおかげなんです。それを決して忘れてはいけない。このコミュニケーションの機会を増やすことが,私の余生の使命じゃないかなと思ったわけです。地域のお年寄りが子どもたちに教えられることは何かと考えたとき,地域の歴史がいいかなって。それがきっかけですね。

――なるほど。三谷さんは,もともと歴史にお詳しかったんですね?

いいえ。私は,車の部品の設計開発が専門で,歴史になんてまったく興味はありませんでした。むしろ,大っ嫌いでね。歴史なんて曖昧なものなんですよ。だってね,たとえばつい昨日人づてに聞いた話ですら,正しく伝えることって難しいでしょ。それが100年,200年って経ってるんですから,正しい訳がないんです(笑)。そう考えたら,歴史が一気に気楽になるでしょ? 自分で考えて,どんどん紐解いていくのが楽しいんです。まあ,テストだとペケになりますがね(笑)。

――歴史嫌いな人も,三谷さんのガイドなら楽しめそう。歴史との向き合い方としてとっても興味深いです。

歴史の答えは一つじゃない。たとえば,明王院も弘法大師によって開基されたとされているけど,実はそうじゃないという説もあるんです。けど,テストには弘法大師と書かなくちゃだめですよ。けど,それを独自に調べたり,推理したりするのも楽しいもんですよ。認知症予防にもいいんじゃないかな(笑)。
私は『明王院を愛する会』以外にも,この地域の歴史を伝えるため,『草戸・川西歴史街道』をつくろうっていう活動もしてるんです。
 三谷さん

――福山市の歴史にアグレッシブルな三谷さん。その原動力は何なのですか?

私はね,お金にも名誉にも興味がないんですよ。あるとしたら,自分の充実感だけやね。それで誰かが喜んでくれたらなおさらいいし。喜んでもらえなくても,自分で納得できればそれでいい。自分がやりたいという自分の気持ち,それに尽きます。
女房に言わせるとおせっかいやきらしいですわ。福山市の姉妹都市であるフィリピン共和国レイテ州タクロバン市が昨年11月に台風被害を受けてから救済活動ボランティアもしてるんですが,それも毎回自費でね。女房はその度に会社を休んでも,お金がかかっても,何一つ文句を言わなかったけど,私が一度体を壊しましてね。そのときは,「あなたは大馬鹿ですね」と言われました(笑)。

――フィリピンでの活動は,以前NHKでも特集されていましたね。

すごいとかじゃなくてね,非常識な人間なんですよ私は。常識がないから,やってみなくちゃわからないと思って,なんでもやってみるんです。小学校の通信簿にも「三谷くんは非常識で,頭が固い」って,書かれていましたよ。それを見た親はショックだったと思うけどね(笑)。
私は今まで,特許を国内外に約230件出しているんですがね,それも常識でものを判断しないから世の中にないことを考えられたと思うんですよ。いい意味でプライドがないの。しくじっても恥ずかしくない。ほかの人が思うみんな笑われたらいやだとか,恥かきたくないとかないんです。人生って一回きりしかないからね。自分で決めたらいいと思うんです。周囲の人があれやこれや言うても,自分がやりたいことをやる。自分で生きたいように生きる。それだけやね,私は。

――さらっとおっしゃいましたが,特許ってすごいことですよね。それを200以上も! 拝観もそうですが,三谷さんのガイドを聞きに,明王院に行きたくなりました。

これからの季節はまた紅葉がきれいですよ。難しいことは考えず,一度気軽に観に来てください。私ね,仕事でよく講演をするんですがね,おもしろさに定評があるんですよ(笑)。きっと楽しんでいただけるはずです。

このインタビュー企画について
インタビュー企画 何もないとは言わせない!