ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 ふくやま観光・魅力サイト > ≪インタビュー企画≫福山発!いつもニコニコピンピン精神。
  • 福山市公式ホームページ
  • 福山ブランド
  • 福山市公式Instagram

≪インタビュー企画≫福山発!いつもニコニコピンピン精神。

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年12月1日更新

“ぎんぎんぎらぎら 夕日が沈む”
 この詩を目で追うだけで、思わずメロディを口ずさんでしまう人も少なくないのではないでしょうか?
これは、日本人ならおそらく誰もが知っている童謡『夕日』の一節です。そして、この作詞を手がけた人こそ福山市は神辺町出身の葛原(くずはら)しげる。日本を代表する童謡詩人です。そのしげると、しげるの祖父で盲目の琴の名手として名高い葛原勾当(こうとう)。そのふたりの功績と精神を今に伝える活動をしているのが今回ご紹介する「葛原文化保存会」の北川佳代子さんです。勾当の設計で今から約170年前に建てられた、しげるの生家でお話を伺いました。
 
「葛原文化保存会」北川佳代子さん 
▲「葛原文化保存会」北川佳代子さん   

―北川さんがこの活動をはじめたきっかけは何だったのでしょう?―

 私は30年間、合唱をやっていましてね。それまで特に葛原文化を意識していたわけではなかったんですが、葛原しげる先生の代表作『夕日』を方々で歌っているうちに、「やっぱり大切にしていくべきはふるさとよね」と、強く思うようになりました。福山市、広島県、ひいては全国に発信していけるように、葛原文化を伝えていくボランティアがしたいと思うようになったんです。うたを歌うだけでなく、作詞家である葛原しげる先生の文化を広めていこうとね。
 
葛原しげる
▲葛原しげる(1886~1961)

保存・継承していきたいのは、葛原文化とその生家。

―具体的にはどんな活動をしているのですか?―

 うたを歌ったり、詩の朗読をしたりするのはもちろんですが、生家の保存のため、第1第3土曜日には、家屋の清掃活動をしています。今でこそだいぶきれいになりましたが、それまでここはもう廃屋で、ひどい状態だったんですよ。それでも遠方からこの葛原邸を訪ねて来てくださる方もいらっしゃったんですけどね、家そのものが見えないぐらい庭が荒れていて。壁も破れて、その穴からやっと中を覗くような状態だったんですよ。2005年、神辺町が葛原家から家屋敷の寄贈をうけて、木の伐採や塀の一部の修復、畳や襖を入れ替えなどが行われました。そのあとは保存会でコツコツ。 

2005年当時の葛原邸前
▲2005年当時の葛原邸前
現在(2014年)の葛原邸前
▲現在(2014年)の葛原邸前
 葛原邸の前には葛原しげるの代表作『夕日』の童謡碑が。

 ―藤の木がとてもきれいですけど―

 いや、根をいっぱい張っていたから切り倒したんです。ブルドーザーを入れてね、もう大変。今も改修の途中で、来春には完成する予定です。

葛原の生家を舞台にしたお月見の会も主催

―母屋の裏は竹林になってるんですね。―

 勾当はその竹を使って竹琴(二絃琴)をつくっていたようです。年に一回中秋の名月にお月見の会を開催しているんですが、そのときにこの竹林をライトアップするの。それがすっごい好評でね。竹やぶが照明に照らされて、その間から月が出てくるんですよ。会の最初はオカリナや朗読、お琴、尺八、日舞にフルートやヴァイオリンの演奏も入って、最後に能楽師の大島さんの小謡も。このまわりに屋台も出していただいて、本宅ではお抹茶と御膳をつけて、なかなかの内容です。昨年もチケットは完売しました。ここのお月見は最高ですよ。こんな月見をするところはまずないと思いますね。年々盛り上がってきています。

お月見の会お月見の会
▲お月見の会

―想像しただけでぞくぞくしますね。一度おじゃましてみたいです。―

 ぜひ、いらしてください。うちのお月見はどこに出しても、それこそもう引けを取りません。チケットは一昨年までは300円だったんですけど、去年から泣く泣く500円に値上げしたんですけどね。

―破格!―

 こんなに人気が出たのもすべてクチコミなんですよ。見た人がね、よかったって言ってくれて、本当それだけで。照明と音響さんも、市内の専門家の方にご協力いただいて、みなさんボランティアで。照明や音響さんもそうですけど、お茶の準備も先生がお友だち10人ぐらいにお願いして。本当みなさんの善意があって開催できてるんです。竹やぶのライトアップは本当に幻想的ですよ。時間が経つと虫の音が聴こえてきてね、いっとき演奏を止めて、耳を傾けて。これはもうどこにもないと思います。

―お月見以外にも催しはあるんですか?―

 毎年3つは大きなイベントをしています。葛原先生が6月25日生まれだから、その日に近い日曜日は生誕祭。それと、先生の命日12月7日に近い日曜日にはくずはら祭を行っています。いつもくずはら祭は敷地内にある童謡碑の前で行うんですが、今年は改修工事中のため12月7日(日曜日)に神辺文化会館で行います。ぜひ多くの方に参加していただきたいです。

葛原邸

―北川さんが強く思う、その葛原文化の魅力とは?―

 生き方です。しげる先生はいつも「ニコニコピンピン」身も心も元気でいることをモットーに教育に尽力されていました。自らニコピン先生と名乗り、まわりからも親しまれておられたそうです。先生はね、ご自分の「おでこの下をみてくれ」と。「ここから下はいつも青年じゃ」とおっしゃって。まあ、ずいぶん若い時から髪が薄かったようなんですね。けど、とにかくニコニコピンピンと、笑顔だけじゃなくて気持ちも。あとからとろとろするんじゃなくて、自ら進んで行動しようと、進取(しんしゅ)という言葉を使ってらっしゃるんですけどね。その生き方にうたを歌っていても共感することが多くあるんです。

―はい。北川さんからも伝わってきます、ニコピン感。―

 お月見の会ひとつとっても、みなさんニコピンの精神ですよ。会員じゃない人も善意で自ら進んで参加してくださってますからね。けど、高齢化が進んで、保存会の活動自体にはイベント時を除いて現在15,6名ぐらいしか参加してないんです。保存会を立ち上げて丸8年、年を取ってみんな身体がだんだん動かなくなってきたからね。一番若い人で50代、上は80歳かな。

―最年少で50代とは…。―

 若い人たちに引き継いでいきたいけどね。それが難しいところなのかなって思ってますが、今後もっと増えていって欲しいですね。福山市の市制施行100周年が葛原先生の生誕130周年なんです。ちょうど重なるの。だから大々的に催しをやりたいなと思っています。歌あり、踊りあり、『夕日』だけで大きなステージができると思うんです。子どもから大人まで大合唱したりね。それと、葛原しげるといえば校歌ですから、地元福山の小・中・高等学校はもちろん広陵高等学校や瀬戸内高校の校歌も葛原先生が作曲をされています。それもイベントの中に取り入れていきたいなと。まあ、夏だから甲子園の最中であれなんだけれども。あ、あとボーイスカウト。

北川さん

 
童謡、校歌、さらにボーイスカウト連盟歌も。

―ボーイスカウト?―

 葛原先生は、ボーイスカウト日本連盟の連盟歌『花は薫るよ』の作詞も手がけておられるんです。昨年もボーイスカウト連盟の方がこちらにいらして、いたく感激されていました。来年、山口県でボーイスカウトの世界大会があるので、その方たちが帰りにでも寄ってくださったらいいなと思ってます。

―葛原文化は、本当に多くの人々の中で息づいているんですね。―

 そう、勾当さんはお琴もそうだけど、自ら木製活字を考案して、盲目ながら自分の手で日記をつけていたことも有名ですが、実は折り紙もすごかったことが最近また話題になりましてね。当時、勾当さんは稽古のとき、よくできた子にご褒美として、折り紙を折ってあげていたようなんです。その折り紙が、当家から菅茶山記念館に寄贈・保管されていて、先日、国際デビューしたんです。東大弥生講堂で開催された国際会議でね。勾当さんは目が見えないけど、一枚紙にちょっとハサミを使って、カマキリやら連鶴やら、盲目になる3歳までに見た物のかたちの記憶をたどってつくっていたんでしょうね。それはもう見事でね。全部で66個保存されているんですが、それも記念館で見ることができますよ。

―勾当さんは、お琴の名手としてだけでなく、多岐にわたって才能豊かな方だったんですね。ヘレン・ケラーも感動したという活字日記、そして折り紙と。―

 葛原文化の魅力はほかにもたくさんありますよ。ぜひ、菅茶山記念館や改修後の葛原邸を訪れ、葛原文化に触れていただきたいです。うたを歌ったり、詩を朗読することだって文化継承になりますから。そして、しげる先生の「ニコピン」精神を、共に後世に繋いでいけたらいいですね。

このインタビュー企画について
インタビュー企画