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≪インタビュー企画≫江戸時代からつづく町並みを守り、そして今に伝える鞆の浦奥様ガイド

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年1月30日更新

 1月から始まったテレビドラマ『流星ワゴン』をはじめ、鞆の浦は多くのドラマや映画、楽曲の舞台になってきました。それはなぜか? 理由のひとつはその町並みにあるようです。
 江戸時代からつづく昔ながらの佇まいを今に残すこの土地を、約30年にわたり案内しているのが、鞆の浦在住の奥様たち。人呼んで「鞆の浦奥様ガイド」のみなさんです。今回は代表の宮本和香さんにお話を伺いました。

「鞆の浦奥様ガイド」宮本和香さん
▲「鞆の浦奥様ガイド」宮本和香さん

―宮本さんがガイドをはじめたきっかけは何だったのですか?―

 私は岡山県の出身でね、鞆には嫁いできたんです。そのときは「鞆」という漢字も読めんかったぐらいなの。けど、観光客の人に道を聞かれては答えているうちに、どうせなら鞆を少しでも案内してあげられたらいいな思うてね。いろんな先生に話を聞いたりしながら自分たちで勉強して、町内の奥さん5人ではじめたんです。それが昭和61年(1986年)だから、もうかれこれ30年になりますね。

―もともと歴史はお得意だったんですか?―

 いいえ(笑)。最初から全部は覚えられないのでみんなで手分けして、私はまず対潮楼を覚えるから、◯◯さんは港のことね。で、次は太田家住宅、次に安国寺って、一人一つずつ丸暗記してガイドに出るわけよ。その次にまた一つエリアをずらして覚えていって、またガイドに出てって、そのくり返し。人の前で話さないと覚えられないし、うまく伝わらないのでね。まず、実践が大事。ただ、歩いて回るからお客さんが疲れちゃうといけないので、ガイドは2時間以内って決めてます。本来鞆の浦は1日かけてもすべて回りきれないのよ。

―決して大きくはないこの鞆の浦という土地に、日本の歴史や文化が集まっている理由は何なんでしょうか?―

 鞆の浦は瀬戸内の中心にあるんです。満ち潮になると西は豊後水道や関門海峡から、東は紀伊水道から潮が入る。東西から瀬戸内海に潮が入り、鞆の浦の沖で潮がぶつかる。ぶつかるところを燧灘(ひうちなだ)と言います。燧灘いうのはね、神様の前で火打ち石を打つように潮がぶつかるということなの。大潮と小潮で引く時間は違いますけど、一旦ぶつかったらまた鞆を中心に潮が引くと。船はその引くタイミングを待つの。いい潮になるのを待つ。ここは潮待ちの港です。一般的に「しお」というと「塩」を思い浮かべるけど、鞆の浦で「しお」というと潮流のことをいいます。
どんな偉い人でも必ず鞆の浦で潮を待たなきゃ、九州にも大阪にも行けなかった。その当時の船はエンジンがないから、潮の流れや風をうまく利用するの。だから、鞆の浦は大事な港町だったの。瀬戸内海の要、要所ですから。それで毛利元就はここ鞆の浦にお城を建てたんです。毛利元就は村上水軍を抱えて連携をとっていたんですよ。

太子殿からの眺望

―港町というと漁業が盛んなイメージがありますが、鞆はただの港町とは違ったんですね。―

 そう、漁師町だって思われてるけど、いろんな文化が入って、文化度が高い地域なんですよ、鞆の浦は。文化が進んでいるの。能舞台があるお宅だってあるんですから。
江戸時代、船がここで潮を待つとね、鞆の船問屋の人がその出港の日までに航海に必要な物を集めるんです。鞆にはそれだけ物が豊富に揃ったの。だから豪商が多いんです。北前船が一艘港に入ると多額のお金とモノが動く。だから鞆の港は潤った。それで江戸時代の名残が全部残っているんです。これこれ、これ見て。

そういう宮本さんが指差す先には――

 江戸時代の広告

 これは明治10年前後の引札(広告チラシ)。船具がいるときはどうぞ、ゴザがいるときはどうぞ。うちは何と何がありますよっていう宣伝用のね。これは当時の現物です。

―すごくきれいな状態で残ってますね。デザインもすてきです。―

これはここ深津屋さんに来れば実際に見ていただけます。有名な映画監督も鞆に滞在中は毎朝ここに通ってたんですよ。ここのコーヒーは本当においしいの。お店の雰囲気もよくて落ち着くしね。

―宮本さんはじめ奥様ガイドのみなさんにガイドをお願いすれば、ガイドマップには載ってないそんな情報も教えていただけるんですね。―

ええ、もちろんです。ガイドの内容は任せてもらってもいいし、見たいところを言ってくださればそこをたっぷりご案内します。鞆の浦観光情報センターに電話かFAXしてください。リピーターの方とは個人的にやり取りさせていただくこともできますよ。

―ガイドするなかで、特に宮本さんが見てもらいたい場所はどこですか?―

 対潮楼ですねえ。富岡製糸場や富士山が世界遺産になったけど、世界遺産の登録がはじまったのは今から42年前。鞆の浦周辺は今から81年前の昭和9年(1934年)に日本で最初の国立公園に指定されたの。対潮楼はその瀬戸内海国立公園の一部。朝鮮通信使の記録にも、朝鮮から江戸に向かう中で一番景色が美しかったと記されているんですから。ぜひ、観ていただきたいですね。

福禅寺 対潮楼から弁天島を望む
▲福禅寺 対潮楼から弁天島を望む

―嫁いでから知った鞆の浦。ずばり、その魅力は何なのでしょう?―

 建物も道路も、江戸時代の名残があるところです。もちろん、どうしても修復しないと生活できないところは直していますが、ずっと受け継がれている。その町並みそのものが魅力。そこを見てもらえたらと思います。

 鞆の町並み

―その町並みを生かした、鞆の浦恒例の催しがあるんだとか?―

 2月21日から『鞆・町並ひな祭』がはじまります。鞆にある約100軒の民家や商家を開放し、江戸、明治、大正、昭和、平成とそれぞれの時代のお雛さまを一斉に展示するんです。期間の土日は奥様ガイドや女性たちで手作りの甘酒をふるまう予定です。保命酒店に協力してもらって、保命酒の酒粕を分けていただいてね、それに生姜をいっぱい入れてつくるんです。だから、おいしいし、身体にいいし、温まりますよ。保命酒の甘酒は他の甘酒とは違う。鞆でしか飲めない甘酒です。ぜひ、いらしてください。

 鞆・町並ひな祭
▲第13回鞆・町並ひな祭 2015年2月21日(土曜日)~3月22日(日曜日)の期間、鞆町一円で行われる

―鞆の浦は町そのものが見どころ。町のみなさんの生活と観光との距離が非常に近いと思うのですが、観光するにあたり気をつけたほうがいいことはありますか?―

 勝手によその家を開けて入る人とかたまにいてね。そんなことはだめね。あと、細い路地とかを大勢で通るときとかね、大きな声で話して歩くと迷惑をかけるので、そういうのは気をつけてもらえると助かります。鞆のみなさんはそこで生活してますからね。
 さっきお話ししたとおり、鞆の浦は潮待ちの港なので、日本のあらゆる地域と何かしら関わりがあります。だから、どこからいらしてもきっと自分の生まれた土地との繋がりを見つけていただけるはずです。どこからお見えになったかひと言教えていただけたら、その地域との関わりや歴史などお話してさしあげますよ。

このインタビュー企画について
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