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≪インタビュー企画≫福山の風土が生んだ日本が誇る伝統工芸

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年2月27日更新

 経済産業大臣指定伝統的工芸品として名高い福山琴や、県指定伝統的工芸品にも選ばれた備後絣など、福山には数多くの伝統工芸品があります。なかでもとりわけ歴史があるのが『びんご畳表』。今回は、広島県藺業(いぎょう)協会事務局長の寺本安雄さんと、藺草生産者組合連絡協議会会長吉田景信(よしだかげのぶ)さんにお話を伺いました。

寺本安雄さんと吉田景信さん
 ▲広島県藺業協会事務局長の寺本安雄さん(右)
  藺草生産者組合連絡協議会会長吉田景信さん(左)

―びんご畳表にはどれくらいの歴史があるのですか?―

寺本さん:そもそも畳表というのは、畳の表面につける藺草で織ったゴザのことですが、1347年の室町時代にはそれが『備後むしろ』として記録されています。ですから今年で668年ということになりますね。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康など歴代の武将に愛用され、数々の名城の間にはびんご畳表を使った畳が敷かれていたといわれています。今でも皇居や宮内庁所轄の建造物の畳には、びんご畳表との指定があるんですよ。

―その歴史、そうとう輝かしいですね! ほかの畳表とびんご畳表では何が違うのでしょう?―

寺本さん:使ってみると一番よくわかると思いますが、びんご畳表は他のものより地が厚く耐久性が良いのです。そして、使うほどに美しく金色に輝きます。全国のいいものを仕入れて売っていた近江商人が、全国で一番だと認めた畳表ですから。
良い畳表は織りの技術もそうですが、まずその原料となる藺草と染土が良質であることが大前提。福山は農耕文化が発達していたことに加え、水野勝成の保護によりその技術が守られたという歴史的背景、何より恵まれた気候や土壌など畳表づくりの条件が揃っているんです。

12月に藺草の植え付けを行う
 ▲12月に藺草の植え付けを行う

吉田さん:銀座の料亭や老舗旅館の女将は、「びんご畳表は足ざわりが違う」って言いますわ。良い畳表かどうかは足ざわりだけで分かるそうです。昔、畳表の販売をして関東のほうまで行っていたときは、みんなびんご畳表がいいんじゃと口を揃えて言ってましたわ。けど、値段が高いってね。

―けど、その値段には理由がありますもんね。

寺本さん:びんご畳表は持ちもいいので、長く使っていただけます。良いものは10年でも15年でも持ちますよ。そして、使えば使うほど艶がでます。さっきも言ったとおり、びんご畳表は金色に輝きますから。

吉田さん:ほかの畳表と質の違いをちゃんと説明できる販売店や人が大量消費の時代に少なくなってしまったけん、認識してもらうのが難しくなったんじゃと思うのう。畳屋はみんな口下手で、愛想が悪いけ、ちゃんとした説明っていうのがちゃんと出来なかったんじゃろう思うわ(笑)。だから、商業組合がびんご畳表の規格をつくって、ほかの畳表と区別したのはすごくいいことだと思いますわ。その違いがわからない人は、値段で買ってしまいますからね。知識があれば絶対に選ぶんです、多少高くてもびんご畳表を。畳の好きな人は、昔から備後の畳表って決めてるいうてましたわ。
 
織機
▲織機

―お話を聞いていると、畳を張り替えるなら、びんご畳表にしたいと思いますね。

吉田さん:びんご畳表はつけるのも一流の職人じゃないとつけられないんですよ。けど、今は和室が少ないでしょ? 私はねえ、日本人の精神を形成するものは、和室から生まれて、和室で育ってきたと思うんですよ。効率性だけを優先してたらね、取り返しのつかないことになるんじゃないか思うんですわ。
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』にもあるように、それこそが日本の美ですわ。

寺本さん:夏はひんやり、冬あたたかい。湿度の高い日本の気候に最もふさわしいんです。畳は呼吸しますからね、部屋の空気を浄化する作用もあるんです。けど、ほかの地域でつくっている畳表は、藺草が変色しないように、畳表に色を吹き付けて加工してるものもあるんです。色なんか付けたら呼吸も何もありません。厳しい規格を設けているびんご畳表にはそんなこと絶対ありえません。

 「びんご畳表」の証である検査印
▲「びんご畳表」の証である検査印

―びんご畳表の肌触りは格別ですよね。畳表を織る前の藺草を見させていただいたのですが、まずその藺草そのもののツヤやハリ、その美しさに驚きました。

吉田さん:藺草づくりは未だに毎年勉強ですわ。試行錯誤してやってます。

寺本さん:藺草は、その栽培も管理もまるで赤ちゃんを育てるようにやさしく見守りながらつくるんです。いい藺草ができるから、いい畳表ができる。その昔は、7月に藺草を収穫したら、その株と株の間に苗を植えて稲作もしてたんです。二毛作だったんですね。このあたりの景色は見渡す限り藺草の田んぼでした。けど、いまは2ヘクタールほどしかない。栽培経験者や指導者の高齢化も進んで、藺草の栽培から畳表を織っている農家もいまでは7軒ほどになりました。一人、若者が修行に来てますけどね。後を継ぎたいという若者がもっと出てきて欲しいですね。備後の伝統工芸であり、日本独自の代表的な文化ですから。まずは知ってもらいたいです。一度使えば、その良さはきっとわかっていただけるはずですから。

寺本安雄さん

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