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≪インタビュー企画≫スポーツの力を信じてる

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年7月29日更新

 今回ご紹介するのは、福山が生んだ格闘家・中村和裕さんです。格闘技ファンなら誰もが知っているあの世界的な総合格闘技イベント“PRIDE”への出場や吉田道場での活躍など、ファンならずともその名に聞き覚えがある方は多いのではないでしょうか。格闘家を引退後、現在は福山大学で教鞭を執る中村さんは、「スポーツの力で福山のまちを元気にしたい」と語ります。スポーツの世界の頂を目指した経験から語られるその“力”とは何なのか―。大学キャンパスにおじゃまし、お話を伺ってきました。

 中村和裕さん
▲元プロ総合格闘家 福山大学経済学部経済学科助教 中村和裕さん

―“格闘家・中村和裕”ができるまでを教えてください―

 小3から柔道をはじめました。小中高と柔道に明け暮れ、広島で開催された国体で優勝。柔道の見識を広めるために進学した大学ではナショナルチームの一員として活動させていただきました。社会人になってからは仕事と柔道の両立に苦戦しましたが、全日本実業団体重別選手権100kg級で優勝。明治大学柔道部で練習をさせていただいていたのが縁で吉田秀彦さんの目に留まり、当時世間から注目を浴びていた総合格闘技イベント“PRIDE”に出場することに。世界の名だたる格闘家と戦いました。

 中村和裕さん

―そして、格闘家から教育者に?―

 “PRIDE”に出場する傍ら、吉田さんが主催する道場で柔道の指導をさせていただいていたのですが、その中で勝つためだけではない柔道の道というものにはじめて触れ、生涯スポーツとしての柔道の関わり方について考えるようになりました。それでスポーツ学を学ぼうと、選手生活最後の一年で早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学。スポーツマネジメントを学び、現在、福山大学経済学部経済学科スポーツマネジメントコースで教えています。 

 中村和裕さん

―スポーツマネジメントとはどんな学問なのでしょう?―

 スポーツをビジネス的な視点から見て、スポーツ関連イベントの経済的な効果を算出、最適化するための学問です。スポーツの経済的な問題点を発見し、解決策を提示することのできる能力を養います。

―その活用法とは?―

 たとえば、ふくやまマラソン。今回、コースに鞆の浦を入れたことで県外からの参加者が増えました。コースの選択一つで大会の参加者の数が増えたり減ったりするということが改めてわかったわけです。そういうことを検証していくのがスポーツマネジメント。目的、戦略と、企業の経営戦略みたいに、きちんと効果を検証して、何をしたことでどうなって、結果どうよかったのかっていうことをデータとして算出する。ただやるんじゃなくて、意義がほしいし、結果を求めたいんです。

 ―ところで中村さん。なぜ、福山に帰ってきたのですか―

 これまで経験し、学んできたことを、福山のために使いたいというのが一番です。福山をより良くしていくために、スポーツの面で福山のアドバイザー的な立場になれたらいいなと思っています。スポーツに関わることは何でもやっていきたいですね。正直、私自身、福山市内に柔道が強い高校があったから高校まで福山に住んでいましたが、もし強い柔道部がなかったらもっと早くに出ていたかもしれません。スポーツ面での充実があれば、人口の流失を防ぐことにもなると考えています。

―約20年ぶりに帰ってきた福山。どうですか?―

 相変わらず、人があったかい(笑)。はじめて福山を出て、関東に出たときは正直、自分の生まれ故郷のことなんてそこまで意識してなかったんですけど、関東に出ると、地方出身の人がたくさんいて、それぞれみんな我が故郷を誇りに思っているんですよね。で、自分も福山の魅力を考えたときに、福山城があるな。あれ、藩主誰だったかな?ってなって、自分が福山のことを知っていなかったことを知りました(笑)。それでやっといろいろ調べて、自分も福山の自慢ができるようになりました。

―中村さんが思う福山の魅力とは。福山が自慢できることってなんでしょう?―

 20万人以上の都市でいうと出生率は日本一。介護福祉施設も日本一。あと、一代で起業している人の数が多い。歴史で言えば、福山藩だったこととか、坂本龍馬や足利義昭をかくまったところとか。名産品でいうとくわい。最近でいうとウルヴァリン!オリンピックの柔道銅メダリストでもあるコロンビアの友人を鞆の浦に連れて行ったら感激してました。そして、これ生かしきれてない、売り出しきれてないんじゃないかって、言われましたよ(笑)。

―そんな福山のために、中村さんがまずしたいことは?―

 たくさんあるんですけど、プロのスポーツチームをつくりたいとか、みんなが集えるスポーツ施設をつくりたいとか、スポーツに関わることは何でもやっていきたいんですが、今一番考えているのは、スペシャルオリンピックス。身体に障がいのある人たちのオリンピックがパラリンピックなのに対し、スペシャルオリンピックスは知的障がいがある人たちのオリンピックです。その福山支部をつくりたいと思っています。先日、福山大学の学生たちとスペシャルオリンピックスの選手となる人たちと触れ合う機会があり一緒に学んできました。ゆくゆくはスペシャルオリンピックスで、柔道日本代表を育成したい。そのために、まず柔道を教えられる人を育成したいと思っています。

中村和裕さん

―中村さんにとって、柔道とは、スポーツとは何なんでしょう?―

 スポーツは最高。それしかないんですよね(笑)。やってるほうもそうだけど、見てるほうも自分の人生と、やってる人をダブらせて、自分の人生を投影して見ちゃったり。スポーツを通して自分を知る、自分を育てる。ぼく自身、スポーツがあったから今の自分があると思っています。

―スポーツにできることとは。スポーツの力ってなんでしょう?―

 健康増進はもちろんですが、スポーツは生きがいやコミュニケーションの要でもある。住みたい、また戻ってきたいと思う街づくりに欠かせないものだと思うんです。僕自身、柔道がなかったら今の自分はありません。自分を知り育て、さらに地域愛を育ててくれるもの、それがスポーツなんです。

活動風景集合写真
▲震災で被災した子どもたちをスポーツの力で支援するプロジェクトにも参加

―スポーツの力で、福山をどうしていきたいと思いますか?―

 住んでみたいと思うまち、一度出て行った人もまた戻ってきたいと思うまちを築いていきたいと思っています。人口の流失も、スポーツ施設や機会の充実で抑えられると思っています。そして、まち全体でスポーツ人口が増えれば、健康的な人も増え、笑顔も増える。それはまちのパワーになると思うんです。スポーツでいきいきとしたまちをつくりたいという思いを強く持っています。

中村和裕さん

―市制100周年を迎えた福山市の一員として、福山市のみなさんにひと言、お願いします―

 スポーツをしましょう、のひと言ですね(笑)。スポーツには、するスポーツ、観るスポーツ、支えるスポーツがあります。実際に自分はプレイしなくても、誰かを応援したり、お弁当をつくったり、送り迎えすることだって、スポーツに参加することなんです。だから、それぞれの立場でスポーツとの関わり方はたくさんある。その人の環境に合ったところからとにかくスポーツをはじめてもらえたらと思います。