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鞆の浦・龍馬の足跡散策コース

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年12月24日更新

鞆の浦・龍馬の足跡散策コース

龍馬といろは丸

鞆の浦は坂本龍馬ゆかりの地,歴史ロマンあふれる町並みを龍馬の足取りをたどってみては?

 

START

福山駅観光案内所

案内所

↓福山駅南口(ばら公園口)を出て、

            福山駅前バス乗り場「5番バス乗り場」からトモテツバスで約30分

            「鞆の浦」バス停下車

鞆の浦観光情報センター

情報センター

↓徒歩10分

1:圓福寺

圓福寺写真

江戸時代には瀬戸の島々や四国が眺望できる景勝地として,朝鮮通信使上官の常宿となりました。また,漢詩会・歌会・句会も度々行われ,様々な文化交流の舞台となりました。なお,境内には芭蕉の句碑もあります。
本堂に掲げられている当寺の山号「南林山」の木製扁額は,1711年(正徳元年)に朝鮮通信使の写字官花庵が残した書をもとに制作したものです。また,頼山陽の教育者で,頼一族の中で一番の書家と評された頼杏平は,本堂背面の座敷を「夾明楼」と命名し,その書を残しました。現在,座敷にはその扁額が掲げられています。
座敷から鞆の浦の美しい景色を眺めながら,往時の文化交流の舞台を感じることができる貴重な場所です。

↓徒歩5分

2:常夜燈

常夜燈写真

西町の大雁木先端に建つ常夜燈は「とうろどう(燈籠塔)」と呼ばれて親しまれてきた灯台で,1859年(安政6年)に西町の人々によって寄進されました。石造りの高さ5m以上,基礎幅3m以上の雄大な塔で,現存する江戸期の常夜燈の中では日本最大級の高さです。航海安全の願いをこめ,竿柱の南面には「金比羅大権現」,北面には「当所祇園宮」の石額が掲げられています。

↓徒歩1分

3:いろは丸展示館

いろは丸展示館写真

潮の香りと史跡を訪ねて,1867年(慶応3年)鞆沖で沈んだ龍馬と海援隊の船,いろは丸の引き揚げ物,龍馬のかくれ部屋,沈没状況のジオラマ等を江戸期に建てられた太い梁(はり)など堂々たる建物,鞆の町では「大蔵」と呼ばれている蔵の中に展示しています。

↓徒歩5分

4:魚屋萬蔵宅(御舟宿いろは)

魚屋萬蔵宅(御船宿いろは)写真

「いろは丸事件」の談判場所。現在はレストラン・ホテル「御舟宿いろは」として営業しています。

↓徒歩3分

5:對潮楼(福禅寺)

對潮楼(福禅寺)写真

江戸時代の元禄年間(1690年頃)に創建された客殿で国の史跡に指定されています。座敷からの海の眺めは素晴らしく,1711年(正徳元年),朝鮮通信使の李邦彦(イバンオン)は「日東第一形勝」と書を残し,1748年(延亭5年),洪景海(ホンキョンヘ)は對潮楼(たいちょうろう)の書を残しています。

↓徒歩5分

GOAL

龍馬の隠れ部屋 桝屋清右衛門宅

龍馬の隠れ部屋 桝屋清右衛門宅写真

「いろは丸事件」の際に,当時すでに幕府から命を狙われていた龍馬が身を寄せたという”隠れ家”。よき理解者であった桝屋に龍馬は偽名を使って宿泊し,紀州藩との交渉にあたりました。龍馬が実際に過ごしたといわれる屋根裏部屋が現在公開されています。