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第3回 “ぶち混む” ふくやまの道路事情

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年4月19日更新

第3回 なるほど!福山市内が渋滞する理由            

 第1回,第2回ではふくやまの道路事情についての問題点に触れてきました。これらの問題点は福山市のまちづくりの経緯が深く関わっています。
 第3回は,福山市がどのように発展していったか,まちづくりの経緯を踏まえ,福山市が抱える課題について説明します。

ふくやまの発展~まちづくりの経緯~

 こちらは,約70年前の昭和30年代の福山市の様子を描いたものです。
 住居や商店などは狭い範囲に密集しており,川口,新涯,多治米などの現在の住宅密集地はほとんどが田んぼだったことがわかります。
昭和30年代の様子
 戦時中,福山も空襲により市街地の約8割を消失しました。その焼け野原となったまちの再建,新たなまちの骨格づくりを目的に戦災復興土地区画整理事業を実施し,戦後のまちづくりが始まりました。
 その後,日本鋼管(現在のJFEスチール)の進出や福山市南部における各地の区画整理事業の実施により福山港周辺の基盤整備が徐々に整っていきました。
 1964年には福山市,尾道市,三原市,笠岡市,井原市などの地域が「備後工業整備特別地域」に指定され,工業都市としてますます発展していくことになります。
 その後も,福山港の国際港への指定や,箕島沖の埋立てによる箕沖町(現在の箕沖地区工業団地)の完成,さらにはJR貨物駅だった東福山駅と福山港を結ぶエリアの基盤整備(区画整理など)が進められてきました。
 こうして,現在の福山市の骨格が築かれました。

 それでは,現在の土地利用がどうなったか,こちらを見てください。
現在の土地利用
 住居を示す黄色が東西南北,広範囲に広がっている一方で,福山港など臨海部に工業が多く立地し,福山市中心部に商業が多く立地しています。
 これらの工業,商業は働く場所となっており,人々は住んでいる地域から働く場所へ移動し,人が集まってきます。また,それぞれの地域への物流も発生することになります。

ふくやまの発展から生まれた課題

 福山市の発展に伴い,住居利用が多い地域と商業・工業の利用が多い地域が離れて分布し,それぞれの地域を行きかう交通が増えた一方で,市内を東西南北に広く移動できる4車線以上の幹線道路は,国道2号,国道182号,国道486号のみとなっています。
 このように,地域間を移動する人の増加に対し,幹線道路などの交通の受け皿が十分ではないといった課題があるため,渋滞が発生していると考えられます。


 今回は,福山市のまちづくりの変遷によって生じた課題について説明しました。
 今後も,月1回程度のペースで記事を掲載していきますのでよろしくお願いします。

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