≪インタビュー企画≫“モノづくり”の楽しさを子どもたちに伝えたい
福山の人たちは謙遜して「福山には何もない」といいますが、福山にはこれまで培ってきた魅力がたくさんあります。100周年となる今年は、次の100年に向けたスタートとなる大事な節目。101年目の福山に新たな魅力を加えるのはどのような人たちか。今月からは新たに、次の福山を担う世代“NEXT GENERATION”にスポットを当てていきます。
第1回となる今回は、岡山県玉野市から福山にIターンし、“モノづくり”で市を盛り上げようとしている長瀬友行さん。彼がつくり出そうとしている福山の新たな魅力とは?鋳造を主な事業とするキャステムで開発事業をけん引する長瀬さんにお話を聞きました。
▲株式会社キャステム 開発本部工機開発係 主任 長瀬友行さん
―ずばり、長瀬さん。長瀬さんはなぜ福山市民になったのですか?―
今の会社に入ったのがきっかけです。何ともいえない居心地のよさを感じ、1年後市内に家を建てました。今ではもう、ここに骨を埋めるつもりでいます(笑)。
―何ともいえない居心地のよさ。長瀬さんが感じる福山のよさとは何なのでしょう?―
私なりの解釈ですが、押しつけがないところですかね。福山の人は「何もない」と言うので、外から来た人には最初その魅力はわからないんです。けどあるんですよ、実際には。
―福山には「何もない」わけではない。では、何があるのでしょう?―
モノづくりです。それまでイメージはなかったのですが、住んでみて気がついたんです。福山はモノづくりのまちだって。福山は製造業が多く、福山が本社の上場企業も多数あります。ロストワックス鋳造の一般産業機械部門では、弊社キャステムがシェアナンバー1を誇っています。
▲キャステムは精度の高い金属部品を製造している
―モノづくりのまち、福山。それをもっと発信するべきだと?―
はい、私たちはその技術を生かして折り紙ヒコーキやコマ大戦などのイベントを開催し、モノづくりの楽しさを子どもたちに伝えています。モノづくりの楽しさを伝えることが、結果として将来の福山を支える鍵になると思っているんです。
▲紙ヒコーキ博物館(御幸町) 毎週土曜日の午前10時~午後4時
▲コマ大戦は月に一度、エフピコRiMで開催
―その技術とは?鋳造について教えてください―
鋳造とは簡単にいうと、型に金属を流し込んで欲しいかたちをつくることです。私が勤めるキャステムが行っているのはその中でもロストワックスと言いまして、ワックス(ロウ)で鋳型をつくる鋳造法です。金型にワックス(ロウ)を流し込み、欲しいかたちの原型をつくり、そのつくった原型をコーティングして鋳型をつくるんです。ワックス(ロウ)を溶かし除去(ロスト)してつくるからロストワックス、というわけです。
キャステムって、実はもともとお菓子屋さんの鋳造部門だったんですよ。広島名物としてお馴染み“もみじまんじゅう”。みなさんご存知ですよね?それが現在ある我々のロストワックス鋳造技術の原点ですね。もみじまんじゅうからはじまって、現在はボーイング社の飛行機や新幹線、宮島のロープウェイなど、あらゆる重要部品をつくっています。
▲型に金属を流し込んでいる
―いち鋳造部門からシェアナンバー1の鋳造企業に。すごいことですよね―
しかし、そこで満足してはいられません。新しい市場を開拓していかなくてはいけないと私たちは考えています。例えば、もしかしたら3Dプリンターが普及して、20年後にロストワックスの市場が小さくなってしまう可能性だってある。だから常に新しい技術を生み出さなきゃいけない。この20年をみても、モノづくりというのは様変わりしていて、時代の流れにのれない企業は厳しく淘汰されているんです。
―時代とともに変化するモノづくり。そのために長瀬さんはどんなことをしているのでしょう?―
会社の敷地内にある工場の一つをリノベーションし、従業員のアイデアを集める「アイデアカフェ」をつくりました。現在、従業員が200人いるので、一人1個アイデアを出したとしても、200個集まりますよね。といっても、ホワイトボードの前に椅子とテーブルを並べただけなのですが(笑)。
▲若手で構成されたチームで新たな企画を日々研究
―工場をリノベーションしただけあって、天井が高く、開放感のある空間。ここならいいアイデアが集まりそうですね―
「夢一つにつきコーヒーを一杯、アイデア一つにつきお菓子を一つ」というふうに、みんなが休憩時間に集まって、語り合える場所にしたいんです。工場というより、「ラボ」というような。
工場っていうと、「暗い」「汚い」「おもしろみのない」っていうイメージが正直あると思うんですよ。ルーチンに流されて黙々と仕事をこなすようなイメージで若い人が嫌うような。当然仕事は真面目にこなしますが、そんな中でも「モノづくりは楽しい」っていうことを伝えていきたいんです。そのためにこういう空間を会社からいただいたんです。堅いことを続けていくと、発想力というのがなくなってきて、時代の変化についていけなくなるのではないかという危機感がありまして。ユニークな発想、柔軟な体制っていうのを会社に設けることが重要かなと。時代の波により対応しやすくなると思うんです。
―今年の6月、東京にカフェもオープンするとお聞きしました―
はい、秋葉原と御徒町のちょうど中間あたりにある“2k540 AKI-OKA ARTISAN”というモノづくりに特化した施設の中に出店します。その名もIRON CAFÉ(アイアンカフェ)。コンセプトは「鉄」。私たちは鋳造業なので鉄にこだわったカフェにしようと。そこでは、「型に流し込む」という鋳造と同じ工程のワッフルや、鉄分が豊富な料理を提供する予定です。また、私たちが培ってきた鋳造技術でつくったオリジナル商品の販売や、対個人向けの金属製品の製造請負を行う予定です。
▲金属で作ったコーヒー豆。左はアルミ青銅、右はステンレス。
―風潮として、モノづくりに注目が集まる昨今。日本のモノづくりとは?―
日本のモノづくりの技術って、大企業が持っているわけじゃないんですよ。我々中小企業、町工場が技術を持っているんです。ただ私たち町工場は、世界に発信していくという技術が欠けていた。今まで築いてきた自分たちの技術に自信を持たなくてはいけないんですよ。私たち製造業にはまず下請け体質からの脱却が必要なんです。自分たちの技術を安売りせず、自分たちでいいものをつくって、自分たちの市場をつくってしまおうと。まずは日本の中での日本製の市場を取り戻す。そして日本のモノづくりを世界に発信していきたいと思っています。そのためには、企業の垣根を超えて協力することも必要だと考えています。
―長瀬さんが伝えたい、モノづくりの楽しさ。その先にあるものとは何なのでしょう?―
身の回りにあるものは必ず誰かがつくったものなんです。私たちの社会は、誰かがつくったもので溢れているんです。おもちゃでもゲームでも、今の子どもたちってすでにつくられたものを与えられることのほうが多いんですよね。自分たちでつくるという機会が減っている。自分たちでつくって遊ぶという感覚がないんです。必然的にモノづくりというのがどんどん縁遠いものになってしまっている。けど、身の回りにあるそれもこれもすべて、誰かがつくったもの、「モノづくり」なんだという現実を知ってもらうために、自分でものをつくって遊ぶということを知ってもらいたいんです。
そして、いつか10年後20年後に「子どもの頃キャステムのイベントでコマをつくりました」「紙ヒコーキをつくりました」っていう人たちが、「あのときのモノづくりが楽しかったから」と、製造業を選んでくれたら…もっというとキャステムに就職してきてくれたら、私の夢は一つ叶います。
―市制100周年を迎える福山。市民の一人として、101年目の目標を教えてください―
福山に家を建てて、戸籍も移して、骨も埋める思いでいる私としては、まず日本全国の人たちに福山のことを知ってもらいたいですね。せめて、「場所と名前は知ってるよ」ってくらいの知名度は欲しいです。西日本ならだいたいわかってもらえるのですが、東京だと大抵わかってもらえていない。せいぜい広島県内にある一つの都市っていうことくらいで、どこにあるかさえわかってもらえていないのが現状です。IRON CAFÉ(アイアンカフェ)を一つのきっかけに、福山を知ってもらえたらいいなと思っています。
―認知度向上。その先の取り組みとは何だと思いますか?―
まず、福山に働く場所がないといけない。しかもそれは、ただ働く場所というだけじゃなく、夢を持って働ける場所でなくてはいけない。都会に勉強しに出て行った若者が「福山で働きたいんだ」って、戻って来れるようなまちにしなきゃいけないと思います。だから、我々キャステムみたいなところが、もっと元気よくモノづくりを楽しめる会社にならなくてはいけないんです。けど、これってキャステムだけじゃ無理なんですよね。キャステム以外のもっと大きな会社も一緒になって、みんなで協力し合って、そういう環境をつくっていきたいと思っています。福山で働く優位性っていうのをちゃんと出していきたいですよね。
―福山の優位性。そのために必要なことは何だと思いますか?―
まず、福山市の皆が「福山には何も無いことはない」ということに気付くことですね。最初に言った「モノづくり」。福山にはモノづくり企業がたくさんあります。それらの企業が若者にとって、働く者にとって魅力的である必要があります。そして、モノづくりを福山の優位性とするためには教育の段階からモノづくりを取り入れる必要を感じています。「モノづくりは楽しい」「自分達が生み出すものが経済をささえている」仕事に充実感を得られる都市になればそれは福山の魅力の一つになるのではないでしょうか。