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福山ゆかりの人物を紹介します

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年11月11日更新

福山ゆかりの人物

1500年~

水野勝成(みずのかつなり)

水野勝成

 

​長谷川新右衛門(はせがわしんえもん)

(?-1612/備後表の功労者)

~畳表の最高級ブランド・・・それが「備後表」~

 

​沼隈郡山南村(現在の沼隈町)出身。

工夫を凝らし,短いイ草を利用した「中継表」の製法を考案し,畳表生産農家に広める。

これにより畳表の生産量が増加し,備後表の名声が高まった。

 

野々口立圃(ののぐちりゅうほ)

(1595-1669/俳人)

~備後地方の俳諧文化の火付け役​~

 

京都の人。1651年に福山に来て城主水野勝俊に仕えた。

草戸明王院について述べた『草戸記』や参府の紀行文,社寺への奉納俳諧,四季折々の俳諧など,多くの作品を残している。備後地方の俳諧文化を盛んにした。

 

1600年~

本庄重政(ほんじょうしげまさ)

(1606-1675/塩田の開拓者)

​~ええ塩梅です。天塩にかけて作った塩田ですから。~

 

諸国を放浪し,赤穂で製塩法を学んだ後,妻の生家である福山へ移る。

高須(尾道市)に居を構え,水野勝種の命で高須新涯造成,松永湾岸の干拓を指揮した。

松永塩田のもとを築いた。

 

 

1700年~

菅茶山(かんちゃざん)

(1748-1827/朱子学者・漢詩人・儒学者)

菅茶山
​~詩集『黄葉夕陽村舎詩』は当時のベストセラー~

 

安那郡川北村(現在の神辺町)出身。京都で朱子学を学んだ後,神辺に私塾黄葉夕陽村舎を開いた。

後に福山藩の郷校となり廉塾と呼ばれる。藩命により『福山志料』などを編纂した。​

 

河相周兵衛(河相好祖)(かわいしゅうべえ)(かわいよしもと)

(1764-1833/義倉の創設に尽力)

​~福山の人々のために~

 

深安郡千田村(現在の千田町)出身。

庄屋を勤め,福山藩領内の豪農や商人と協力し,飢饉時に困窮者を救済する組織「福府義倉」の創設に尽力した。

図書購入,医師育成,儒学振興にもつとめた。

 

 

1800年~

阿部正弘(あべまさひろ)

阿部正弘

 

富田久三郎(とみたきゅうざぶろう)

(1828-1911/備後絣の創始者)

​~織物界の革命児!~

 

芦田郡下有地村(現在の芦田町)出身。18歳の時,『織絹法』という本を見て,木綿織物に応用することを思いつき,井桁絣を誕生させた。同業者の組合をつくるなど指導的役割を果たした。

 

窪田次郎(くぼたじろう)

(1835-1902/啓蒙思想家・医師)

​~ぼくが考える3本柱は「衛生」「資産」「品行」です!~

 

安那郡粟根村(現在の加茂町)出身。深津村に民衆教育機関の啓蒙所を設立,全国に先駆けて小学校教育普及の下地をつくる。また民撰議員設立を構想し,医学衛生結社による巡回診療等,啓蒙活動を行った。

 

丸山茂助(まるやまもすけ)

(1853-1917/実業家・松永下駄産業の創始者)

​~カランコロン 下駄の音ひびく 松永町~

 

備後国松永村(現在の松永町)出身。山陰のアブラギを使った安価な下駄製作に成功。機械化にも積極的に取り組み,大量生産・製造コスト削減を可能にし,松永を日本一の下駄の生産地にした。

 

森下博(もりしたひろし)

(1869-1943/実業家・「仁丹」の創始者)

​~闘牛士ではありません大礼服です~

 

鞆町出身。森下仁丹の創立者。世の中に役立つ広告方法を実践し,その大々的な広告宣伝により利益を上げたことから「日本の広告王」と呼ばれた。

 

平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)

(1872-1979/彫刻家)

​~「釣り人前集合ね!」「あ,それ作ったのオレな」~

 

岡山県後月郡西江原村(現在の井原市西江原町)出身。

沼隈郡今津村(現在の今津町)の平櫛家の養子となる。高村光雲らに師事する。

「活人箭」が岡倉天心に認められ,彫刻家として多くの作品を残した。

 

武田五一(たけだごいち)

(1872-1938/建築家・建築学者)

~関西建築界の父~

 

西町出身。東京帝国大学卒業後,東京帝国大学助教授をはじめ,各校で教鞭をとる。

法隆寺国宝建築修理事務所長なども歴任し,橋梁,工芸デザインの分野でも活躍した,福山市章の選定,福山市公会堂,福山市庁舎,福山市議会議事堂などを手掛けた。

 

山本滝之助(やまもとたきのすけ)

(1873-1931/社会教育家・思想家)

​~「一日一善」を提唱~

 

沼隈郡千年村(現在の沼隈町)出身。教師生活のかたわら,青年団運動を始める。24歳のとき出版した『田舎青年』は,地方にも近代社会に目覚めた青年がいることを主張して注目された。

 

葛原しげる(くずはらしげる)

(1886-1961/童謡作家・教育者・児童文学者)

葛原しげる
​​~ニックネームはニコピン先生!~

 

深安郡八尋村(現在の神辺町)出身。東京高等師範学校卒。

教鞭をとる傍ら,雑誌などに童謡や童話を発表する。

代表作に童謡の「夕日」「けんけん子きじ」「羽衣」などのほか,童謡集『雀よこい』『かねがなる』などがある。

 

磯永吉(いそえいきち)

(1886-1972/農学博士・作物育種学者)

磯永吉
~台湾大学には磯小屋(研究室)あり~

 

​​新馬場町(現在の霞町)出身。東北帝国大学農科大学(札幌市)を卒業後,台湾へ渡り,台湾米の品質改良・台湾における日本米品種改良に取り組んだ。育成した品種は214種に及び,育成した米にちなみ「蓬莱米の父」と呼ばれた。

 

藤井厚二(ふじいこうじ)

(1888-1938/建築家・建築学者)

​~日本×西洋のハイブリットホーム~

 

宝町出身。東京帝国大学卒業後,建築環境工学の分野を開拓する。日本の風土に適した住宅の在りようを研究し,先駆的実績をあげた。日本と西洋的な空間構成とを融合させる手法を提示した。

 

福原麟太郎(ふくはらりんたろう)

(1894-1981/英文学者・随筆家)

~​英文学のことならおまかせあれ!~

 

沼隈郡神村(現在の宮前町)出身。東京高等師範学校卒業後,英国留学を経て,教鞭をとりながら日本の英文学界を牽引した。主な著書に『トマス・グレイ研究抄』『読書と或る人生』などがある。

 

藤井崇治(ふじいそうじ)

(1894-1975/逓信省官僚・元 電源開発総裁)

​~あなたのもとまで電気をお届け!~

 

深安郡山野村(現在の山野町)出身。京都帝国大学卒業後,逓信省に入る。電源開発(株)総裁を退任するまで,ほとんどの期間を電気事業とともに歩む。郵便番号の普及にも努めた。

 

井伏鱒二(いぶせますじ)

(1898-1993/小説家)

井伏鱒二
~ユーモアとペーソスの匠~

 

深安郡加茂村(現在の加茂町)出身。福山中学(誠之館高校)在学時から画家を志すが,文学に転じ早稲田大学に学ぶも中退。創作活動を始め,独特の文学観や文体によって庶民の哀歓を巧みに表現した。主な著書に『山椒魚』『黒い雨』などがある。

 

 

1900年~

小山祐士(こやまゆうし)

(1904-1982/劇作家)

​~瀬戸内を映した劇作家~

 

現在の今町出身。慶応義塾大学在学中より小山内薫に傾倒,その後久保田万太郎らに師事し,多くの優れた戯曲を発表した。主な作品に「瀬戸内海の子供ら」「二人だけの舞踏会」などがある。

 

本田実(ほんだみのる)

(1913-1990/天文家)

​~日本の“星の王子様”~

 

鳥取県出身。独学で天文学を学ぶ。1937年(昭和12年),福山市瀬戸町にあった黄道光天文台に入所する。生涯彗星探しに専念し,名前がつけられた本田彗星をはじめ,12個の彗星と11個の新星を発見した。

 

木下夕爾(きのしたゆうじ)

(1914-1965/詩人・俳人)

​~備後地方の校歌,作詞したのはきっと私~

 

深安郡上岩成村(現在の御幸町)出身。第一早稲田高等学院を経て,名古屋薬専を卒業。

帰郷し,薬局店を経営する傍ら,文学活動を行う。

詩作は中学時代から,句作は戦争中から始め,詩,句の両分野で活躍した。

 

榮久庵憲司(えくあんけんじ)

(1929-2015/工業デザイナー)

~​街のあちこち 榮久庵憲司~

 

東京で生まれ,福山や広島で育つ。父を継いで仏門に入るも,東京芸術大学に入学。

工業デザインに開眼し,米留学を経てGKインダストリアルデザイン研究所を設立する。

卓上醤油瓶から秋田新幹線・こまちまで数多くのデザインを手掛けた。

 

島田荘司(しまだそうじ)

(1948-/推理作家・占星術師・イラストレーター)

​~本格ミステリー界を代表する巨匠~

 

地吹町出身。武蔵野美術大学卒。『占星術殺人事件』でデビュー。

その後本格ミステリー作家として話題作を次々と発表するかたわら,新人の発掘育成にも尽力している。

「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」の選考委員を務めている。

 

 

 


【参考】

​・『20世紀日本人名事典』全2巻 日外アソシエーツ/編 日外アソシエーツ 2004年

​・『広島県大百科事典』 全2巻 中国新聞社/編 中国新聞社 1982年

​・『講談社日本人人名大辞典』 上田正昭〔ほか〕/監修 講談社 2001年

​・『日本人名大辞典』全7巻 平凡社 1979年