100の感動ニューミュージカル
「ローズ・マインド」の物語

100の感動ニューミュージカル
「ローズ・マインド」の物語

もう一つのローズマインドの幕が開く

100の感動ニューミュージカル
「ローズ・マインド」の物語

2016年8月7日。福山市市制施行100周年を記念して市民ミュージカル
「100の感動ニューミュージカル ローズ・マインド」が上演された。
出演者は3歳から76歳までの福山市民200人。

『歌えない、踊れない、演技できない…でも大丈夫!
ふくやまを愛するこころがあれば大丈夫!勇気100分の1でチャレンジしてね!』

ミュージカルの出演者募集要項に書かれたキャッチコピー。
これは、エグゼクティブプロデューサーの
津川今日子さんが福山市民にかけた魔法の言葉。

出演者募集締め切り一週間前。応募人数は100人に満たなかった。
実行委員たちの間に、不安の気持ちが渦を巻く。

応募ではなく、依頼という形を取るべきでは、、、
「実行委員会から、出演してくださいとお願いしましょうか?」という声もあがる。

だが、津川さんは落ち着いていた。絶対に300人以上応募があるからと。
実行委員長の豊田恵子さんは「そんなに来るの?」と疑っていた。

ところが、締め切り三日前から、申し込みの連絡が殺到する。
迷っていた人たちが、締め切り間際になり、1/100の勇気を振り絞り参加を決意したのだ。

申し込みの連絡は途絶えることなく、募集人数100人に対して342人もの参加申し込みが殺到。
台本のない、もうひとつの「ローズ・マインド」の幕が開く──。

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「ローズ・マインド」の物語

100周年をステップにして、
自分も変わりたい!

「じつは『勇気100分の1』という言葉は、
パンフレット?応募用紙?入稿の前日に浮かび、公開ギリギリで入れました」
市民ミュージカルのエグゼクティブプロデューサーの津川今日子さんは、当時を振り返り笑みを浮かべる。

実際、この一言に背中を押され、勇気を振り絞り参加申し込みをした人が多かった。

募集人数100人のところ、参加申し込みは300人以上。
オーディションは8時間以上に及び、3時間待ちの人もいた。

「みなさん『自分が変わりたい』とおっしゃるんです。100周年をステップにして、自分も変わりたいって」
当時を振り返った豊田さんの目が潤む。

豊田さんは、このオーディションからマスカラメイクをしなくなったという。
出演を希望する人たちの思いを聞くたびに、心が動かされ涙が止まらなくなったから。

「みなさんの真剣な思いが伝わってきて。オーディションから感動して泣きっぱなしでした」

歌や踊りが得意なわけではない、人前に立つのが苦手な人、悩みや迷いを抱えている人たちが、
100分の1の勇気を振り絞り、チャレンジしようと意を決した。

オーディションを受けた人たち全ての思いが、審査員とスタッフの心を大きく動かす。
悩みに悩み審査は難航を極めた。何日も議論を重ねた末、合格者245人が発表される。

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演者はアマチュアでも
スタッフはプロで固める

出演予定人数100人のところ、オーディションの合格者は245人。
オーディションで熱い思いを伝えてきた人たちを、津川さんも豊田さんも断ることができなかったのだ。

「でもね。ミュージカルをやりたいという案が出たとき、一つだけと言ってお願いしました」
福山市市制施行100周年を記念して、市民参加型のイベントを行うという話が持ち上がったとき、
ミュージカルをやりたいという意見が出た。
しかし「どうしたらよいのか?」誰もわからなかった。

そして、福山市出身のプロダクション経営者である津川さんに白羽の矢が立つ。

プロのアーティストを育成している津川さんは、
地元貢献をするために東京から福山市に戻り活動をスタートしようとしていた。

「プロダクションというと、みなさん身構えてしまうようですが、
私は奉仕は奉仕、仕事は仕事ときっちり別けて考えています」
津川さんは「奉仕の部分は表にでることではない」と言い切る。

「今回、ボランティアでプロデューサーを引き受けました。
けれど、プロデューサーを引き受ける条件として、一つだけお願いをしたのです」
演出、歌唱、衣装、ヘアメイクなど演者以外は全てプロで固めて欲しい──それが条件。
本物に触れることが、福山市全体の文化レベル向上に繋がると津川さんは考えていたからだ。

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夢と現実のギャップで
苦しむ出演者たち

しかし、ミュージカルの出演者たちは、本格的に演技や歌に取り組んでいる人ばかりではない。
オーディションでは緊張して震えている人や、恥ずかしがって部屋の隅にいる人もいた。

245人のうち、ほとんどがミュージカル経験ゼロ。
そこに、プロの指導が入る。
当然、さまざまなトラブルや軋轢が生じた。

「尋常じゃない厳しさですよ。3歳だから70歳だからって区別なし。年齢性別、経験問わず。プロとして指導する」

レッスンがスタートすると、津川さんと豊田さんのもとに「緊急事態発生」の連絡が次々と飛び込んできた。

怒り、悲しみ、苦悩。続けられない、辞めたい。
自分を変えたいといって飛び込んできた人たちに、本物の厳しさが襲いかかる。
夢と現実の狭間にある、負の感情が出演者やスタッフの間に、暗雲の様に広がっていく。

「でもね、遊びでやっているわけじゃないんです。本物を作るために本気でやっている」
津川さんと豊田さんは、困惑する出演者やその家族に訴え続けた。
なぜ、ローズマインドというミュージカルを行うのか。なぜ、厳しく指導しているのか。

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大丈夫だと思ったら大丈夫。
だから大丈夫

日中は協賛をお願いするために、津川さんと豊田さんは企業を回った。
夜はレッスンに顔を出し、出演者やスタッフのサポートを行う忙しい日々。

ミュージカル本番に向けたカウントダウンが始まる中、台本の変更や配役変更など想定外の出来事が起こる。
冷静に対処していた二人の間でも、じつは不安と希望が揺れ動いていた。

「でもね。どんなときでも津川さんは『大丈夫、大丈夫だから』と言うんですよ。
私は横で『どうしよう、どうしよう』とドキドキ、ハラハラしているのに」

「大丈夫だと思ったら大丈夫。大丈夫じゃないと思ったら大丈夫じゃない。だから大丈夫」

『勇気100分の1』に続く、津川さんの魔法の言葉。
『ふくやまを愛するこころがあれば大丈夫!』
ミュージカルの出演者募集要項に書かれたキャッチコピーには、もう一つ魔法がかかっていたのだ。

「いろいろなことがあっても、津川さんは始終一貫。最初からずっと、同じことを言っていましたね」
『大丈夫。だから大丈夫』福山市を活性化させたいという強い意志が感じられる言葉。

奔走する日々の中、豊田さんは津川さんの「大丈夫」という言葉通りに、
全体の流れがゆっくりと、けれど確実に変わってきているのを感じ始めた。

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「ローズ・マインド」の物語

舞台裏で展開していた、
本当のローズマインド

ばらのまちづくりから生まれた「ローズマインド」は、
思いやり、優しさ、助け合いの心を表している言葉だ。
けれど、思いやりや優しさ、助け合いの心は目に見えるものではない。
ハートで感じるもの。

「思いやりある助け合いのまち」福山市を活性化させるため。
ローズマインドの意味を言葉ではなく、心で感じて欲しい。
ローズマインドをミュージカルを通して伝えたい、津川さんはそう思った。

「だからこそ、脚本から「ローズマインド」という言葉を全部削りました」
「言葉ではなく、視て感じて。ローズマインドを知ってもらいたい」
タイトルは「100の感動ニューミュージカル ローズ・マインド」であるが、
台本にはローズマインドという言葉は書かれていない。

ミュージカルの準備を進める間、津川さんと豊田さんの二人はリアルなローズマインドに何度も触れた。

レッスン開始時間より早く来て、床を雑巾で拭いて綺麗にする人たち。
レッスンに来るための交通手段がなくなってしまった学生を交代で送迎し続けてくれた人たち。
様々な事情でミュージカル出演を諦めなければいけなかった人たちも、違う形での協力を約束してくれた。

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「ローズ・マインド」の物語

ローズマインドの蕾は
確実に育っている

「みなさん一年で変わられましたよね。その変化を、私は間近で観させていただいきました。
まさに、生きたストーリーです」
豊田さんは、出演者の一人ひとりに物語があったと言う。

人を思いやり、お互いに助け合う、リアルなローズマインドが
ミュージカルの舞台裏で繰り広げられていた。

怒り、悲しみ、苦悩。続けられない、辞めたい。
レッスン当初に渦をまいていた、負の感情を追いやったのは、出演者同士の絆。

「みんなの輪が繋がって。ミュージカルがなかったら、みんなと出会えなかったって。
みなさんが口をそろえて言うのです」
ミュージカルの台本がみんなの宝物になっているのが嬉しいと、豊田さんは微笑んだ。

「でも、まだ終わったわけじゃないんですよ。大切なのは『101年目』からなんですから」
感慨に浸る間もなく、津川さんと豊田さんは次の準備に向けて歩み始めていた。

「再演のリクエストが多かったんです。
もう一回、ミュージカルを上演して欲しいという嬉しい声をいただいています」
100周年で終わりではなく、100年が始まりの年。ここからがスタート。津川さんの目の輝きが増す。

ミュージカルに参加した人たち、ミュージカルを観た人たち、ミュージカルを支えた人たち。
多くの人の心の中で、ローズマインドの蕾が育っている。

101年目から、その蕾は次々と花開き、福山市を美しく飾ってくれることだろう。