
時代の流れを見守る 釣り人の像
本市は瀬戸内海の中央に位置する地の利を生かし、縄文時代から水陸交通の要衝として発展してきました。明治に入って鉄道が敷かれると主要な流通経路は陸路となり、物資は福山駅から全国へ送られるようになります。人々も移動のために列車を利用するようになりましたが、福山駅で乗り降りする人の半数以上が笠岡から尾道までの近隣の町との移動でした。
戦後の高度成長期に入ると、人々をもっと早くもっと遠くへ移送する手段が必要になり、1975年には山陽新幹線が全面開業しました。新幹線が停車する福山駅は全国初の二重高架式の駅舎として生まれ変わり、駅前大通りが整備され、駅前広場には今も市民に親しまれている釣り人の像が設置されました。
釣り人の像は彫刻家平櫛田中が91歳の時に発表した「五浦釣人」の石こう原型を基に、作られた銅像です。高さ2.5メートルの台座の上に、2.35メートルの銅像が立ち、釣竿の長さを含めるとおよそ6メートルにもなります。モデルは明治期に日本の美術界をけん引した岡倉天心で、平櫛が崇敬する師でした。
釣り人の像の台座南側には、銅板に漢詩が陽刻されています。この漢詩には「天心先生は大きな魚を釣ったのではなく、その後の天下に名を轟かす横山大観などの芸術家を釣り上げたのだ」と平櫛が師に捧げた思いが記されています。
このような思いを込めて作られた釣り人の像は、多くの人が行き交う福山駅南側のシンボルとして認知され、50年以上にわたって待ち合わせ場所の象徴となっています。今も時代に応じて移り変わる駅を見つめ、人々を見守っています。

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