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都市施設(ごみ焼却場)の概要
印刷用ページを表示する 掲載日:2013年12月2日更新
ごみ焼却場
ごみ焼却場は,快適で住みやすい生活環境を確保するために,ごみを衛生的に処理するものです。
福山市では,1959年(昭和34年)に松永焼却場を整備し,1962年(昭和37年)には新浜コンポスト,1966年(昭和41年)には大門焼却場,1968年(昭和43年)には鞆焼却炉を整備し,ごみの処理を行ってきました。
しかし,ごみの搬出量は人口の増加と経済の発展から急激に増えた上,松永焼却場,新浜コンポストが老朽化したため,1970年(昭和45年)12月,西部ごみ焼却場を都市計画決定し,1973年(昭和48年)の稼動開始に伴って,松永焼却場と新浜コンポストは廃止されました。
その後,更なる人口の増加に伴う,ごみ処理の増大に対応するため,1982年(昭和57年)2月,箕沖清掃工場を新たに都市計画決定しました。1985年(昭和60年)8月には,西部ごみ焼却場の処理能力の向上と併せて,名称を西部清掃工場に変更し,1991年(平成3年)2月には,深品クリーンセンターを都市計画決定しています。 なお,箕沖清掃工場については,2004年(平成16年)4月以降,ごみ固形燃料化施設の稼動に伴い,現在は主にごみの破砕・選別を行うリサイクルセンターとして活用しています。
箕沖清掃工場