ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
ふくやま美術館外観写真

沿革

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年1月31日更新

概要

美術館外観

福山市に美術館建設への市民の要望が高まったのは、1950年代(昭和30年代)終わりの事でした。市制50周年記念事業として市民会館建設計画が発表されると、この施設の中に大型展示場の併設の要望が出されました。これは、多目的ホールの形として実現しましたが、1968年(昭和43年)、広島県立美術館が開館すると、さらに充実した展示空間が期待されはじめました。その期待に応えるべく、福山市は1974年から福山市美術館(仮称)の調査委員会を設置し、約15年にわたり準備を重ね、1988年、福山市市制施行70周年記念事業として、ふくやま美術館が誕生しました。

ふくやま美術館は、1988年11月、福山市を中心とする広島県東部の広域圏(福山市、府中市、神辺町※1、新市町※1、御調町※2、沼隈町※1、内海町※1、油木町※3、神石町※3、豊松村※3、三和町※3、上下町※4)の文化施設として、美術文化の発展に寄与するとともに、住民参加による新しい美術館をめざし開館しました。
※1…現福山市  ※2…現尾道市 ※3…現神石高原町 ※4…現府中市

市町村合併を経た現在は、福山市、府中市、神石高原町の3市町による広域圏の美術館として積極的な事業展開を行っています。

美術館運営の基本

1988年の開館以来、運営の基本として、「地域に根ざした美術館」、「世界に向かって開かれた窓としての美術館」、「現代を見すえ次代を先取りする美術館」、「美術と人間にふれあう美術館」という4つの柱をたて、これをもとに「見る」、「つくる」、「学ぶ」、「ふれあう」場として、より充実した美術館活動を目指しています。

美術館の作品収集方針

作品収集については、次の5つの方針を設定し、コレクションを積み重ねて今日に至っています。

1.福山・府中広域市町圏関連作家の作品

2.瀬戸内圏関連作家の作品

3.日本の近・現代美術の作品

4.イタリアを中心とする近・現代ヨーロッパ美術の作品

5.各分野における若手及び中堅作家で将来の美術界での先導的役割が期待される作家の作品

ふくやま美術館開館への歩み

美術館外観航空
1974年10月福山市美術館(仮称)建設調査委員会を設置
1975年08月建設調査委員会報告書提出。
1977年03月建設調査委員会報告書提出。
福山城公園の西側 県立福山葦陽高等学校の移転後の跡地を建設候補地としてあげる。
1981年04月文化施設建設基金条例を設置し、文化施設建設基金積立て開始。
11月文教地区文化施設(文化ゾーン)調査委員会を設置。
1982年07月建設調査委員会より「圏域住民が優れた芸術文化に親しむ機会の提供と、美術に関する知識及び教養の普及向上を目的に、圏域における美術文化の中核施設として、設置するものである」という美術館整備の目的としてあげられる。
美術館設計にあたり、福山城公園の整備計画に美術館を明確に位置づける方向性が固まる。
11月福山・府中広域市町村圏振興協議会が、総合文化施設(美術館)調査委員会により調査を開始。
1985年06月県立博物館建設予定地である跡地について広島県と協議を重ね、合意を得る
1985年04月美術館建設準備事務を開始。
11月基本設計完了。
1986年04月美術館建設事務室を設置。
09月美術館開設準備室を設置 美術館建設工事着工。
1987年03月広域圏の総合文化施設として柔軟な運営を計るために、財団法人ふくやま美術振興財団を設置。
04月財団に美術館準備室を設置。
1988年03月美術館建設工事完成。
04月「ふくやま美術館」発足。
11月ふくやま美術館開館。
1992年03月財団法人ふくやま芸術文化振興財団に改組。
2003年08月ふくやま美術館と同じ組織内に「ふくやま書道美術館」が開館。
  • このページのトップへ
  • 前のページへ戻る