広報ID:409859印刷用ページを表示する 掲載日:2026年9月1日更新

秋季収蔵品展「菅茶山とその子弟 ―その3 門田朴斎―」
門田朴斎(1797~1873)は、駅家町法成寺に生まれ、幕末、福山藩の儒者として活躍した文人です。菅茶山の妻宣(のぶ)は朴斎の伯母にあたります。12才で茶山の廉塾に入門し、幼いながら才知聡明で数ヶ月で四書五経の素読を終え、漢籍の理解も早く、詩を作っては茶山を大いに喜ばせたと伝わります。24才の時、茶山の養子となって菅蕉厸(しょうりん)と名乗りますが、その後離縁となり、茶山没後は、京都の頼山陽を慕って入門しました。程なく福山藩に登用され、江戸丸山藩邸で儒官を務めますが、1853年(嘉永6年)のペリー来航の際、藩主阿部正弘に尊王攘夷を上申したため免職となって福山に帰郷します。福山藩では藩校誠之館教授・文学総理の職を歴任しました。
写真は朴斎が、弓の名手として語り継がれる那須与一の活躍を詠み、揮毫したものです。本展ではこれらの作品とともに朴斎について紹介しています。(11月29日㈰まで開催しています)
手話通訳/要約筆記の有無:
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菅茶山記念館
Tel:084-963-1885
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