
将軍・足利義昭の威光
足利尊氏は、南北朝の動乱で、再起をかけて京上する際に鞆の浦で軍勢を集結させるなどし、その後【1338年】に室町幕府を開いています。足利氏にとって鞆は吉兆の地でもありました。
室町幕府最後の将軍・足利義昭は、京都を追われ、【1576年】、毛利氏などを頼り、海路で鞆の浦へ上陸しました。義昭は、将軍の位を持ち続けており、小規模ながら亡命政権の「鞆幕府」を構え、天下再興と織田信長包囲網を執拗に画策しています。「本能寺の変」で織田信長が倒された後、義昭は豊臣秀吉の計らいで帰洛し、鞆幕府は幕を閉じました。鞆を契機の一つとして開かれた室町幕府は、奇しくもその終焉も鞆でした。
足利義昭胴肩衣は、御所の一つであった常國寺に伝来します。確証の高い足利義昭の遺愛品として極めて貴重です。この家紋には格式の高い九七の桐紋が大きく配されており、将軍の威光を偲ぶことができます。 〘本作は、企画展「将軍・足利義昭と鞆の浦」で展示します。他にも義昭ゆかりの資料などを展示します。〙 (同展は、10月8日(木)から12月6日(日)まで開催します。)
足利義昭胴肩衣(福山市重要文化財)常國寺蔵
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