
祭祀用か? 正藤遺跡の黥面土器(しょうといせきのげいめんどき)
神辺町道上にある丘陵の南緩斜面には、弥生時代の遺跡が多く確認されています。
2022年秋、県道下御領新市線の南側で新たな遺跡の調査が行われました。小規模な調査ながらも溝や柱穴が確認され、北側の丘陵にある集落跡「正藤遺跡」の一部とされました。
出土物は甕(かめ)や壺など比較的良く見る弥生土器の破片でしたが、その中に長さ5センチ、幅3・5センチ程の三角形の土器片がありました。色は他の弥生土器と変わらない橙色(だいだいいろ)がかった黄灰色、手触りはやや滑らかで、縦に湾曲しています。発見された時は泥で汚れており、「鍋の取っ手にしては少し変わっている」という程度の認識でした。
現地から持ち帰った出土物は洗浄し、修復したり図面を書いたりと詳しく調べます。この土器片の凸面に線刻があることに気付いたのはその時です。
杏仁形の目と口が土器の幅いっぱいに描かれており、目の上や頬、顎には黥が細かく刻まれています。線刻は浅く、中央上部は摩滅していますが、黥面の絵画土器です。残念ながら接合する破片はなく、全体の形は分かりません。
市内での絵画土器の発見は、2015年に御領遺跡から出土した船が描かれた壺以来です。物資を運ぶ実用的な壺とは異なり、黥面土器は邪悪なものを防ぐために結界のように使用したと考えられています。出土した場所が集落を区画する溝や井戸などであったためです。今回の鯨面土器も丘陵と低湿地の境にある溝から出土しました。この場所に当時何か意味があったのかもしれません。
丘陵上に確認されている弥生時代の遺跡(赤丸)※見学は出来ません
正藤遺跡の黥面土器
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