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戦後80年福山空襲語り部アーカイブ映像を制作しました

印刷用ページを表示する 掲載日:2026年3月14日更新

アーカイブ映像制作

 福山空襲から80年を迎え、当時を知る戦争体験者が少なくなってきている中、福山空襲の記憶を風化させないために、貴重な戦争体験者の声を保存し、戦争の悲惨さ、平和の大切さ、人権の尊さを次世代に継承するために映像制作を行いました。証言者には、3人の方に出演していただき、当時の記憶を語っていただきました。

アーカイブ映像

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福山空襲  三人
  

8月8日は何の日か知っていますか?福山空襲

 

広島市の原爆投下の2日後、焦土となった悲惨な状況​

 1945年3月から福山市に対する空襲が始まりました。8月8日22時25分ごろから約1時間にわたって焼夷弾が投下され、市役所や駅などの建物が焼け落ち、国宝福山城天守も崩れ落ちました。

 

被災状況は?

 市街地のおよそ8割を焼失する激しい空襲を受け、355人もの尊い命が奪われました。

 

なぜ福山市が標的になった?

 陸軍歩兵第41連隊の軍事施設があり、また航空機の部品組み立て工場や、化学薬品工場があるなどの理由により、標的となりました。

 

空襲の規模は?

 全長約30mの爆撃機B29が91機飛来し、焼夷弾を投下しました。

 

福山市の平和に関する取り組み

 ●「福山空襲遺跡案内板について」はこちらのページをご覧ください。

 ●「福山市内に残る戦争遺跡について」はこちらのページをご覧ください。

 ●「平和の大切さを未来につなごう」はこちらのページをご覧ください。